最大公約数のレッスン
雨だぁ〜寒いですね〜
私はうーたんとレッスン場におります。
今日はこれから戻ってファンマッチのエントリーリストをアップしたり、あれこれやる事満載!
うーたんは暇な一日だねー、今は足元で私の湯たんぽしてます。
さて、昨日もたくさんの犬たちで賑わったアウラです。
牧羊犬グループでは散歩レッスンを行いました。
9頭の犬と人が並んで歩くと目立ちます。
行き交う人々がなんだろうと足を止め、目を止めます。
そんな時、みなさんがハンドリングする姿に、お利口だね〜、偉いね〜と声が聞こえてきます。
犬との散歩の基本は、
「社会の中で対する人や犬に安全に安心して対応すること。そして楽しむ事」です。
それは法律ではなく、マナーのようなものです。
もちろん社会は広く、人の価値観や精神的な背景は様々ですから、全てにおいて完全にはできないし、する必要はありません。中には犬や法律に過剰に反応する精神的な背景や社会的背景の方もいらっしゃいます。
そうした方には極力対応しつつもこちらも過剰に接すると社会的にパラドックスに陥ります。
あくまでも独立した個による最大公約数を目指してトレーニングを怠らず努力を継続する。そして状況を把握して柔軟に対応できる力を備えていきます。個による最小公倍数にならないようにする事で特異体質にならないようにする事も必要です。
例えば、リードはついているが、たくさんの往来の中でグイグイ引っ張って、縦横無尽に歩く事や、辺り構わず吠え続ける事、道路の真ん中に排泄させる、歩道の真ん中で立ち話をするなどは最小公倍数にあたります。
一方で、リードの有る無しに関わらず、往来の中では人と犬がくっついて歩く事、社会的背景では吠えない、排泄は人が触れないような場所にする、立ち話は人の迷惑にならないように端の方でする。これは最大公約数になります。
それでも、犬が歩いているだけで露骨に嫌な顔をする、吠えていなくても、狼みたいと声を出す、排泄をした事自体が犯罪のように感じる、端の方で話をしていても、邪魔だとばかりに突っ込んでくる、そんな最小公倍数もあります。
気持ちはわかりますが、それは高所恐怖症の人が、高いビルは犯罪だと思うことが正しいと言う事と同一です。
高いビルは必要であり、社会を構成する最大公約数です。高いビルばかりが立ってしまうとそれはパラドックスに陥ります。それは成熟した社会とはいえない。
日本人はとかく法律で物事を考えるにもかかわらず法律に疎く、法律に縛られるのが嫌いな背景があります。
それでも社会は成り立つが、自分から考える力が育ちにくい。
アウラでは、法律ではなく、可能な限り最大公約数で感じ、考え、行動するレッスンを行っています。
イギリス、ドイツ、スウェーデンなどの犬先進国では当たり前の事でも日本では厳しい事ですが、
うーたんと歩いていて、「賢いね〜」「良い子ね〜」だけでなく、「この子を見ているだけで今日は良い事がありました、、、、ありがとうね」と声をかけていただける散歩を心がけたいですね。
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