信頼関係って
よく降るなぁ〜
先日のディスク大会はやっぱり晴れ男西田だったのか?
ほんとあの日の前後はずっと雨だもんねぇ
昨日はたくさんの犬たちで賑わったアウラです。
基礎の大切さ、遊ぶことの大切さ、そして認め合えることで幸せを育む時間です。
一方では、その応用性や日常への取り込みには継続的な努力が必要。
昨日ラストのレッスンでも吠えの悩みを抱えたレッスン
生徒さんは時間のない中ですこしでも時間を作ってレッスンにいらっしゃいます。
本当に頭の下がる思いです。
そんな中で「犬との信頼関係」というところに入っていくのですが
「犬との信頼関係がない人と犬」はアウラにいらっしゃるみなさんにはありません。
どの人と犬にも信頼関係はあります。
愛玩犬や飾り物の犬であればそれは私にはわかりませんが、ここにいらっしゃるみなさんは見た目の可愛らしさよりも内面に対して深い愛情を感じているはずです。
千葉からいらっしゃるインストラクターさんの愛犬はみんな元保護犬たち
この子たちは一見すると耳の位置がまがっていたり、足の格好がちょっと変わっていたりします。
しかしその内面から醸し出す豊かで深い表情は何者にも代えがたい愛情を感じます。そういう表情をみると本当に幸せになれる。
では、なぜそんな表情になるのか?
それはまさに
基礎の大切さ、遊ぶことの大切さ、そして認め合えることで幸せを育くみ、その応用性や日常への取り込みを継続的にしているからだと私は思います。
これらのことは競技会のように順位はつきませんし、点数もつきません。
自分たちだけの達成感の中にあります。
実は私とウノにもいろんな悩みや問題があります。
ご存知の方も多いと思いますが、脱走の名人、プラスティック系限定破壊王・・・ウェルカムな人には強烈なジャンピングハグ、人のカバンをまさぐるフェチ、ウレションにベロベロ攻撃、おしっこなめてアホ顔、ほふく前進、留守番嫌い、ほかにも探せばいっぱいありそう
でも、だからといってウノとの信頼関係がないわけではありません。
問題が自分や自分の管理できる範囲の中であるならばそれは問題ではないと認めることもできる。
しかしそれが自分の管理できる範囲をこしているならばそれは速やかに完全しなくてはいけない。
そうしないと問題の根っこは知らぬ間にわからなくなり習慣化してしまうからです。
習慣化してしまった行動にはあまり理由や動機がなくても無意識のうちに行動してしまいます。
そうなると改善することがとても難しくなりますし、人のほうも慣れっこになってしまい自己中心的な理由をつけて問題回避してしまいます。
とくに犬の場合は犬と会話が成立しないので想像や妄想が膨らんでいき知らぬ間に犬と会話している感覚で自問自答してしまいがちです。
私は完全なにんげんではないしむしろ問題だらけの人間だと自分で思っています。
そんな人間にそだてられたウノですから完璧になるわけがありません。
ウノを見ていると自分を見ているようです。
ほんと笑えてきます。
そしてあぁ、もうちょっとこうしたほうがいいよねぇって思った時点で自分改造が始まります。
ウノがよくなることは自分もよくなるってことかもしれません。
そうそう、先日のディスク大会で、ある同年齢のアウラの生徒さんが、私が老眼鏡かけてうろうろしている姿をみておもわず
「その格好、じじくさいのでやめてくださいっ」
やばっ、しまったぁ〜
もう恥ずかしいやら、かっこ悪いやら・・・
やっぱり見た目も大事
見た目の緩みは中身の緩みですからね
老眼鏡をかけるときは姿勢を正しましょうって私のことね
ウノは関係ない
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